私自身が体験してきたフィルム~デジカメまでの写真の歴史についてご紹介するシリーズの第に2回は「ライカ(Leica)の人気で35mmフィルムが普及」です。
35mmフィルムは、元々は映画撮影用フィルムで、通常の商業映画に使われています。その後、ライカの登場でスチール写真用フィルムにも転用され、映画・スチール両方の世界でもっとも一般的なフィルムとなりました。
1849年に光学研究所として創業し、その後エルンスト・ライツ社となったライツ社で研究開発を担当していたオスカー・バルナックは、高品質の引伸しプリントを製作することができるコンパクトカメラを造ろうとして、スチールカメラのために35mmの映画フィルムの使用を研究することに決めました。
彼は1913年ごろにプロトタイプの35mmカメラ(ウアライカ)を試作しました。ライツ社は1923年~1924年にウアライカの市場調査を行い、十分よい反響を受けました。その結果、その試作カメラは1925年、ライカ-I(Leica=Leitz camera)として生産を開始しました。

ライカ-Iの得た人気に刺激を受け、コンタックスなど数社のライバルが登場しました。そして、35mmフィルムを使ったライカの人気によって、ハイエンドのコンパクトカメラのフォーマットとして24mm×36mmの露光面積のもの(ライカ判)が普及しました。
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私自身が体験してきたフィルム~デジカメまでの写真の歴史についてシリーズでご紹介します。スタートは「コダックとフィルムの起源」です。
35mmフィルムカメラ(銀塩カメラとも言います)の全盛時代、フィルムの世界を席巻したのは米国のイーストマン・コダック社(Eastman Kodak Company)でした。創業者のジョージ・イーストマン(George Eastman)は、写真を「鉛筆のように重宝なもの」にすることを目標としていました。

ジョージ・イーストマンこの目標を実現するため、乾板に代わって写真フィルムの使用を始めました。彼は1885年に紙フィルムを製造し始め、1889年にセルロイドに変えました。1888年に発売された彼の最初のカメラ(「コダック」)は、セルロイドに感光乳剤を塗布した100枚撮りフィルムを予め装填した、固定焦点レンズと一つのシャッター速度による非常に単純な箱型カメラでしたが、比較的安い価格と相まって評判になりました。世界で有名なイーストマン・コダック社がここに誕生しました。今日では想像すらできないでしょうが、最初のコダックは100枚撮りフィルムを撮り終わった時に、処理と再装填のためにイーストマンの工場に返送する必要がありました。
その後19世紀末までにイーストマンのカメラのラインアップは、ボックスカメラと折りたたみカメラを含む数モデルに拡大しました。1900年に、イーストマンはブローニーで、さらに一歩大衆市場に踏み出しました。ブローニーは、スナップショットの概念を提供した単純で非常に安価な箱型カメラでしたので、大人気を得て様々なモデルが1960年代まで発売されました。
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eフォトライフ販売元CGBS代表の高橋です。団塊世代の第一号ですから、35mmフィルムカメラの全盛時代から今日のデジカメまで実際に体験してきました。しかも、勤務していたのがカメラ会社でしたから、写真へのこだわりも相当なものです。
私は、写真の記録性とメッセージ性を融合して「写真の心」と捉えています。そんな写真の心をインターネットで伝えたいとの思いで生まれたのがeフォトライフです。多くの写真愛好家の皆さんにeフォトライフをご利用いただけることを念願しています。
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